『生き方』の企画書を出したのは1997年のことでした。
なぜ、稲盛先生の本を企画したかというと、
日経新聞に稲盛先生が仏門に入られ、修行をされる、
という記事が出たからでした。
当時からカリスマ経営者だった稲盛先生が、
さらに自らの心を磨きたいと、仏の道に入られる。
なんとすごい方だろうと感動して、ぜひ本をつくってみたいと思ったのです。
そこから7年の年月をかけて本が出来上がったとき、
稲盛先生は「この本は私が言いたかったことがすべて書かれている」と大変喜ばれ、
ご自身でもいろんな場でご紹介してくださいました。
2007年には、「生き方」の50万部突破を記念するパーティを開催させていただきました。
政財界のそうそうたる方たちが集うなか、
稲盛先生は自ら、立っているゲストのところに行って席を勧めたり、
若いスタッフに「名刺交換しましょう」と近寄っていかれるなど、
細かな心配りをされていました。
終わった後には
「いい本をつくってくださって、ありがとうございます」と
私どもに握手を求めてこられました。
あれほどの立場にありながら偉ぶるところは一つもなく、
ご自身がつねづね言われている「謙虚にして驕らず」を自ら実践され、
本当に魂を磨き続けられた方であったと思います。
こんなこともありました。
JALの会議室で本の打ち合わせをさせていただいたとき、
終わったのがお昼近かったので、
「今日は私がお昼をごちそうしましょう」と稲盛先生が言われました。
豪華なお弁当でも出るのかと内心期待していたら、
秘書を呼んで、「この辺りにはマクドナルドはあったかな」と言われる。
けっきょく、ビルの下にあるお店からサンドイッチを取り寄せることになったのですが、
「私はコーラとポテトのセットにしますので、みなさんもどうかご遠慮なさらず」と
あの威厳に満ちた口調でおっしゃいました。
そんな飾らないお人柄も、稲盛先生がみなに愛された理由の一つだったと思います。
本来ならお会いすることすらかなわないであろう稲盛さんというとてつもなく大きな存在に触れ、
仕事だけでなくじつにたくさんのことを学ばせていただきました。
2004年に刊行した『生き方』は日本では150万部となり、
中国では500万部を突破しました。
2019年刊行の『心。』は25万部、中国でも100万部を超えました。
多くの人々の心に響き、ロングセラーを続けているのも
ひとえに稲盛先生のお人柄ゆえとあらためて感じます。
偉大な稲盛先生という背中を遠く仰ぎ見ながら
少しでも自分にできることから歩みを進めようと
思いを新たにしたこの数日でした。
稲盛先生のご冥福を心よりお祈りいたします。